第1章 彼女の降した決断
「やはり両面宿儺の器など早々に殺してしまうに限るだろう」
「我らの祖先が封じることのできなかった両面宿儺を祓うチャンスが回ってきたのだぞ!?」
「この機会を逃すわけには……」
「だがもし器が暴走したらどうする? 実際、器と中身が入れ替わったのだろう?」
堂々巡りの会話。
頭の凝り固まった老人たちの会話。
五時間前、特級呪物、両面宿儺の指がある少年に取り込まれた。
本来人間にとって猛毒であるはずの指を食べたにも関わらず、死ななかった少年はあろうことか受肉した宿儺を抑え込むことに成功した。難なく自我を保つことができるのだ。
月は高く昇り、時は丑三つ時を迎えようとしていた。
ふわぁ、と女はあくびをした。
眠たそうに瞬きを何度か繰り返し、二度目のため息をつく。
女の名は冷泉葵。
千年以上続く呪術師の家系、冷泉家の当主である。
普段は東京都立呪術高等専門学校の教師をしており、重要な会議のときのみ、こうして実家に顔を出すのだ。
冷泉家の幹部が集まり、蝋燭の灯った薄暗い部屋でしきりに議論を交わしている。
「葵様。葵様のお考えをお聞かせ願いたい」
不意に飛んできた言葉。
葵は長時間の正座のせいでしびれてきた足をピクリと動かした。
「……あたしの考え、ですか」
「はい。このままではいつまで経っても決まりません」
葵は、十年前から光を見ることのできなくなった右目にそっと触れた。
長い前髪の隙間から覗く右目は、ぽっかりと空洞だ。
さらりと流れる青髪が前に垂れ、葵の顔に影を作った。
「我ら冷泉家の判断を言い渡す」
どちらにせよ葵の言ったことがこの家では絶対だ。
お聞かせ願いたい、と言っておきながら、その裏には早くこの論争を終わらせろとの本音が隠れている。
光のある紺碧の瞳が前を見すえた。
「冷泉家は、両面宿儺の器、虎杖悠仁に指をすべて取り込ませた後、秘匿死刑とする」
彼女の脳裏に、自他ともに認める最強の男の顔がちらついた。