第6章 アニマートに色づく日常【鉄骨娘/始まり】
『ずいぶんと楽しそうね』
ふふっと笑いながら、詩音が紅い瞳を細めた。
「楽しいよ。みんな……好き」
淡々とした声音で、それでも大切そうな響きが『みんな』の単語に乗る。
真っ暗な闇の中。足首までの浅い泉、周囲にはシャボン玉のようなものが漂い、汀には枝垂れ桜が水面に影を落とし、双子の月が闇を照らす。
そして、目の前に聳(そび)え立つ、高い楼閣。
その楼閣の欄干で、赤と黒のゴシックロリータを着た、自分と同じ面差しを持つ少女が、小さな声で笑い声を立てていた。
楼閣とゴシックロリータ、何ともアンバランスな組み合わせだ。
ここは、詞織の生得領域。にも関わらず、詩音は十年も前から、まるでここの主人のように振舞っている。
別にいいけど。
『みんな好き、ね……妬けちゃうわ』
そう言って、詩音が欄干から飛び降りる。
ふわりと舞うように宙を漂い、詞織の頬に触れ、瞳を覗き込むように顔を近づけた。
『憎らしい』
ピリッと、詞織の頬に痛みが走る。
遅れて、詩音が爪を立てたのだと理解した。
『憎らしい。憎らしい。憎らしい。あなたの姿を見るヤツらが。あなたと言葉を交わすヤツらが。あなたと同じ空気を吸うヤツらが。あなたの隣で楽しそうにしているヤツらが』
憎悪に顔を歪ませる詩音に、詞織はただ黙っていた。
ずっと、詩音は世界を憎んでいる。世界に住む人たちも。
ずっと――生まれた瞬間、あの檻に閉じ込められていたときから、ずっとそうだ。
この空間にいても、詞織が現実で何をしているのかは分からないらしい。もちろん、表層意識に触れれば別らしいが。
詩音は、現実での詞織のことなど知りたくもないと、表に出てくることはあまり多くない。
それよりも、詞織の生得領域で詞織の心に浸っていたいらしい。
だが、この生得領域は詞織の心。
大まかな感情でよく揺れるのだと詩音は言っていた。
嬉しいとか、悲しいとか、楽しいとか、辛いとか――幸せだとか。