第5章 アレグレットに加速する心【自分のために】
九年前――小学一年生のときのことだ。
伏黒 恵の父親は、娘を持つシングルマザーと再婚するのと同時に蒸発し、程なくして白髪頭の怪しい男がやって来た。
――『君のお父さんさ、禪院っていういいとこの呪術師の家系なんだけど、僕が引くレベルのロクでなしで、お家出てって、君を作ったってわけ。恵君はさ、君のお父さんが禪院家に対してとっておいた、最高のカードだったんだよ。ムカつくでしょ』
なるほど、そういうことか。
父は禪院家相伝の術式を受け継いだ伏黒を禪院家に売り、それを資金として蒸発したのだ。
確かに、自分には妙なものが見えていて、妙な力があることにも気づいていた。
あぁ、ムカつくよ。
アンタ(五条)のそのデリカシーのなさが特に。
何が呪術師だ。馬鹿馬鹿しい。
――俺が誰を助けるってんだよ。
父親がどこで何をやっていようが興味はない。
何年も会っていないから顔も覚えていない。
ただ、自分たちが用済みで、二人で仲良くやっているのだろうということは充分 分かった。
――「君はどうしたい? 禪院家に行きたい?」
あぁ、そうだな。
津美紀が――あの優しい姉が幸せになれるのなら、行ってもいい。
けれど、白髪頭の怪しい男は、「ない」ときっぱり、それも即答で断言した。
だったらなぜ聞いたのかと思わず睨みつければ、ぐしゃりと頭を撫でられる。
――「後は任せなさい。でも、恵君には多少 無理してもらうかも。頑張ってね」
こうして、そのムカつく白髪頭の怪しい男は禪院家の件を帳消しにし、伏黒が将来 呪術師として働くことを担保に、生活できるだけの金銭的援助を通してくれた。
それと同じ頃、五条が伏黒と引き合わせたのが、神ノ原 詞織だった。