第30章 アルティソナンテに膨らむ想い【起首雷同】
「野薔薇!」
「釘崎さん!」
領域の外へ出た詞織は、後から追いかけてきた順平とともに、腕を掴まれている釘崎を見つけた。
「このっ……触んな!」
釘崎が金槌を持った方の手で自分を掴む者を振り払う。
『女性でしたか。これは失礼』
え、と間の抜けた声が出てしまう。
筋肉質な裸体を縛り上げるボディハーネス。そこに蝶ネクタイと黒いレッグウォーマー、さらにTバックと変態的――いや、あまりの奇抜な出立ちに言葉を失う。
それに、鼻につく異臭……目の前の男からだろうか?
順平も顔を青ざめさせ、釘崎もドン引きして頬を引き攣らせている。
なんだ、この呪霊……いや、呪詛師か?
想定外の侵入者――これが“イヤな予感”の正体?
分からない。視覚の情報量が強烈すぎて、頭が働かない。
男――壊相(えそう)が詞織たちをぐるりと見回し、「ふぅん?」と顎に手をやる。
『我々兄弟に課せられたお遣い……その中に呪術師殺しは含まれていない……退けば見逃しますよ、お嬢さん方。それに少年も』
「お遣い? 何それ」
詞織の問いに、壊相が「おや」と目を丸くした。
『てっきり、同じお遣いかと……我々の目的は【宿儺の指】の回収ですよ』
思わず息を呑んだ。釘崎も微かに動揺している。
「【宿儺の指】って……虎杖くんが食べちゃったっていう、特級呪物?」
「そう……取り込めば呪力のブースター、存在するだけで呪霊を引き寄せる最悪の呪物」
そんなものがここに?
もしかして、伏黒が戦っている呪霊が持っているんじゃ……。
違った……“イヤな予感”は目の前の侵入者じゃない。
――【両面宿儺の指】。
そんなものが関わっているなんて……。
伏黒を助けにいかないと……【八十八橋の呪い】は被呪者の数や影響範囲の広さから見ても特級相当。
彼は『想定よりずっと楽』と言っていたから、運良く大した攻撃能力を持っていなかったのだろう。
けれど、【宿儺の指】の力が加わったらどうなるか分からない。
そのとき、上から叩きつけるような強い気配に、詞織たちは息を詰めた。