第3章 はじまりのプレリュード【両面宿儺】
「――……少し黙ってて」
拒絶するように、詞織は夜色の瞳を開いた。
詞織の双子の姉――特級過呪怨霊・詩音。
意識の交代を強制してくることはないし、詩音にはいくつもの縛りをつけ、何重にも枷を施しているから勝手もできない。
だが、詩音は嘘も冗談も言わない。
もし彼女の力を解放することになれば、詩音は言葉通り、周囲を破壊するだろう。
――そんなことはさせない。
小さく声を発する。喉は潰れていない。
この声を失えば、詞織の呪術師生命は終わりだ。
けれど、声が出るなら……言葉を発せるならまだ戦える。
たとえ、身体が動かなくても、手足を失っても――……。
少し離れた位置では、フラつく身体を叱咤し、伏黒が震える手で翼を形作っていた。あの形は鵺だ。
ならば、鵺が現れたタイミングで、能力を向上させる支援系の呪術を掛け、一気に呪霊を祓う。
そんな詞織たちの思惑に気づいたのか、否か。
呪霊が攻撃のために身体を動かした――その頭を、虎杖が殴りつける。
「「……っ⁉」」
詞織と伏黒は、揃って驚愕に目を見開いた。
まさか、四階から飛び降りて、呪霊を殴ったというのか。それも、呪霊が体勢を崩すほどに。
「二人とも、大丈夫か?」
「大丈夫に見えるなら、眼科に行った方がいい」
そんな軽口を叩きながら、詞織は伏黒の隣に移動し、彼の傷を確認した。
何かできるわけではないけれど、近くにいたいと思ったのだ。もし攻撃を受けそうになれば、守るだけの力はある。
詞織の呪力は尽きない。世界と人々への呪いが、心の中――生得領域で生み出されているから。
今の、この瞬間も――……。
問題があるとするなら、身体の傷が深いこと。
血を失い過ぎて、身体に力が入らない。
「逃げろって言ったろ」
「言ってる場合か」
詞織と伏黒を背に庇い、虎杖は呪霊に向かって拳を握りしめた。