第10章 雨だれのフィナーレ【呪胎戴天/雨後】
「逢い見ての のちの心に くらぶれば 昔はものを 思わざりけり……か」
愛しい彼女と結ばれた今となっては、結ばれる前の自分の物思いなど、なかったも同然だ。そんな意味の和歌だが、自分はそうは思わない。
しかし、もうこれ以上は無理だと、心が悲鳴を上げているにも関わらず、まだ詞織への想いが深くなっている自覚はあった。
もしかしたら、自分はいつか、呪霊との戦いで死ぬより先に、詞織への想いに押し潰されて死んでしまうのではないだろうか。
そんなことを真剣に考えながら、伏黒はシャツのボタンを留めていく。
時刻は朝の五時過ぎ。昨夜はあのまま、医務室で眠ってしまった。
ふと視線を感じて振り返ると、夜色の瞳がこちらを見ている。
「……起こしたか?」
「ううん、起きてた」
毛布を引き寄せて身体を隠す詞織に、昨夜の行為を思い出して身体が熱を帯びた。
名実ともに詞織と恋人関係になれたことが、今でも信じられない。けれど、夢ではないことは、目の前の現実が教えてくれる。
「メグの和歌(うた)、好きだなぁ……」
「うた? 別に、俺が作ったわけじゃない」
「そうだけど。声、かな? 昔からメグの声は好き。低すぎなくて、少し甘いの」
なぜこうも、こちらが照れるようなことをやすやすと言うのか。
ギシッと音を立ててベッドに片足を乗せ、詞織の小さな唇を奪う。
「そんなこと思ってんの、オマエだけだよ」
「な……なんで?」
口づけにまだ緊張しているのか。詞織が顔を赤くし、上目遣いでこちらを見た。無自覚で煽ってくるのだから、タチが悪い。
伏黒はドサッと詞織を組み敷く。
「好きな女に話しかけてるから、甘くなるんじゃねぇの?」
伏黒としてはそんな風になるよう、意識したことは一度もない。それでも詞織が感じるのなら、きっとそういうことだろう。
額や目元に口づけを落とし、頬を擦り寄せる。そんな伏黒に、詞織はくすぐったそうに身を震わせた。
「なんだか、夢みたい。メグとこういうことしてるの」
「バカ。また俺に片想いさせる気かよ」
そう言って小さく笑う詞織と額を合わせ、伏黒は呆れたように呟き、燻った熱を詞織の身体に沈めた。