第3章 はじまりのプレリュード【両面宿儺】
『やぁ、進捗はどうだい? 特級呪物は見つかった?』
「……ないですよ」
簡潔に、短く状況を説明する。
「百葉箱、空っぽです」
二人の視線の先で、百葉箱の中はただ静寂を湛えていた。
『マジで? ウケるね』
「ぶん殴りますよ……」
カラカラと五条は笑うが、もちろん、笑い事ではない。
特級呪物が姿を消すなんて、一大事という言葉でも生温い状況だ。
「誰かに盗られちゃった?」
百葉箱を覗く詞織の顔が近づき、伏黒の心臓が跳ねる。端正な横顔に胸がキュッと締めつけられた。
つい見惚れていると、スマートフォンから『おーい』と五条が呼びかけてくる。
『それ回収するまで帰って来ちゃ駄目だから。詞織もいるよね?』
「うん。いる」
『ついでだし、手伝ってあげて』
「分かった」
分かったではない。
呪術師はいつの世も人手不足だ。二級呪術師ともなれば、単独での任務が許される実力者。
まぁ、詞織は学生の身。しかも、特級呪術師にして、御三家の五条に名を連ねる者が許可しているのだからいいか。
考えるだけ無駄だ。
詞織自身、一度決めたら梃子(てこ)でも動かない頑固者である。
――ひとまず。
「今度、マジでぶん殴ろう」
「……? 絶対当たらないと思うけど?」
ブツッと切れた電話に呟いた伏黒の言葉に、詞織は首を傾げつつ大真面目に返した。
* * *