第10章 雨だれのフィナーレ【呪胎戴天/雨後】
「……津美紀……」
埼玉県にある総合病院。
眠る少女を見つめていた星也は、おもむろに両手を動かし、『智拳印』を結んだ。
「【オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン】……」
何度も何度も繰り返し唱える。
耳の奥では、「星也さん」と呼ぶ津美紀の声が響いていた。朗らかな優しい笑み、誰よりも清らかな心。
――「……星也さんのことが好きです」
あの日も――津美紀が呪いで眠り続けてしまう日の朝――いつものように任務へ自分を送り出す直前、唐突に津美紀から告白を受けた。
返事は帰ってきてでいいから。
顔を真っ赤にして、いっぱいいっぱいな様子で。
今は返事を聞くだけの気持ちの準備ができていないから、と。
正直に言うと、津美紀の気持ちには何となく気づいていた。それでも、こちらからそう言ったアクションをかけなかったのは、怖かったからだ。
星也と星良は、当時 高専へ入学してはいたが、学校に願い出て、寮ではなく自宅での生活を許可してもらっていた。
御三家に次ぐと言われていた神ノ原一門の権力など、惨劇と共に消えた。
それでも、この特別待遇が許されたのは、自分の能力が有用であることと、五条 悟がワガママを聞いてくれたからだ。
詞織と星良、伏黒、そして津美紀……彼らと過ごす時間はとても心地が良くて、壊したくなかった。
断るつもりだった。
きっと、身近な年上の男に対する憧れを、恋愛感情とはき違えているのだと。
このとき星也はすでに特級呪術師だった。
任務で不在にする機会も前より多くなるし、命の危険性も格段に上がる。
仮に恋人になったとしても、自分は津美紀との時間を選んでやれない。寂しい思いをさせてしまうだろう。
それなら、もっと普通の、津美紀を幸せにできる身近な男の方がいいに決まっている。
自分では津美紀を幸せにしてやれない。