第2章 桜
翌日、彼女の強い希望で平家へ向かう事になった。
もう少し時間が必要なのではと提案したが気持ちは変わらぬようだったので、ここは彼女の意思を尊重する事にした。
道中、彼女は終始黙りこくったままだったので心配して何度か大丈夫かと訊ねた。
平家へ着くと彼女は玄関から中へ入って行く。
僕はすっかり花が落ちてしまった桜の木を眺めながら初めて彼女をここへ連れて来た日の事を思い出していた。
この桜が満開に咲くのを彼女はたった二度しか見る事が出来なかった。
せっかく幸せそうに笑っていたのに。
“私に何かあったらあの子をお願いね。”
最後に交わしたマダムとの会話。
彼女にはこうなる事が分かっていたのかもしれない。
ぼうっと考えていると家の中から咳込むような音が聞こえて来たので急いでそちらへと足を運ぶ。
「桃花!!」
手と膝を付き苦しそうに咳込む桃花。
息が上手く出来ていない。過呼吸に近い状態だろう。
「よしよーし。大丈夫、大丈夫..側に居るよ...」
彼女を抱きしめ背中を優しく摩りながら落ち着かせるように言う。
段々と落ち着く呼吸。
『ごじょ..さん...ごめんなさ、い.....』
「大丈夫、大丈夫..ゆっくり息吸って...吐いて...そう、上手だ。」
こうなる事は想定内だ。
大分身体を落ち着かせてから、縁側に腰掛けさせペットボトルに入ったお茶を手渡し隣へと並んで座る。
「落ち着いたかな?」
『はい...ご迷惑をお掛けしてすみません...』
「だぁいじょうぶさ、僕だから。」
それから彼女の希望でマダムの遺灰の入った小瓶を庭の大きな桜の木の下に埋めることにした。
ここならマダムも喜ぶだろう。
美しい彼女に似合う美しい場所だ。
そこにしゃがみ目を瞑り手を合わせる桃花。
また、涙が溢れる。
しゃがみ込んでいる頭をゆっくりと撫でた。
『五条さん...色々とありがとうございました。これからもよろしくお願いします。』
目を開けると立ち上がり、頭を下げて律儀に言う。
「もぉ〜、桃花はお利口さんなんだから!悟。悟で良いよ。これからずっと一緒に過ごすんだからさ。」
お父さん、とまではいかないがお兄さんの様な家族のような存在では居てあげられるだろうか。