第8章 遠出
「お前テレビ観に来たわけ?」
「それもある」
「って、げっ!髪濡れてんだけどっ」
「それもある」
「聞いてねーな…」
五条が遠ざかっていく気配がしたが、映画に集中するなまえは特に気にしていない。そして、直ぐにまた戻ってきた彼。
なまえは、自分が座っているベッドがグッと沈んで、視界が揺れ、そこで、五条が自分のすぐ背後に座ったことに気づいた。
漸くそこで反応して、振り返る前に、頭に何かが被せられる感覚があった。それがタオルだと分かったのは、上から彼の手で髪を拭かれているのを感じ取ったからだ。
「…えっと…髪乾かしてくれてる?」
「女子力の足りない誰かさんに代わってね」
「だ、誰だろ〜」
髪を触られることに、最初は緊張したが。慣れると、髪を拭かれることが心地よくなってくる。特に、普段の様子からは想像もつかないぐらい優しく丁寧な五条の手付きに。
「この映画、ヒロインの性格やばいね。ヘイト集めてそう」
「最後死ぬんじゃねーの?」
「まさかそれはないでしょ〜」
ケラケラと笑いながら、目で映画の続きを追う。だが、だんだんと瞼が重くなってきているのを感じた。
映画の内容が、少しずつ頭に入らなくなる。体も、それに合わせて揺れたのか、五条の手が止まる。
「…リラックスしすぎ」
「んー……」
「はぁー……。俺ほんとよく耐えてると思わない?世界中の男たちが俺を拍手喝采してると思うわ」
「はは……ナルシストだねー…」
「これが俺じゃなかったら、お前とっくに食われてるからね。まぁ俺以外っていうのはあり得ないけど」
五条の声が、遠い。
もう、瞼はほとんど下りていた。
どこか頭の片隅で、ここで寝てはいけないと正論を説かれるが、強い眠気に抗えない。
もちろんこれが、五条以外の男性の部屋であれば、彼女は意地でも自分の部屋に戻っただろうが。ここが五条の部屋であるということが、彼女の思考を鈍くした。
心地よさと、安心感。
「信頼されすぎなのも、問題だよな」
独り言ちる五条の声を最後に、なまえは穏やかな眠気に身を任せたのだった。