第4章 一ヶ月後
「なまえ、お手」
「…え?」
「だから、お手」
なんだこの状況は。
お手、と言われて手を差し伸べられたなら、答えは恐らく一つだ。
ただ、目的が分からず、悩んでいるなまえは、五条の急かすような視線に促される。
ほとんど考える間も無く、でも恐る恐る、差し出された五条の手の平の上に、なまえは自分の右手を重ねた。
「わ、わん?」
ついでに、鳴き声もプラスする。
流石に、鳴き声までは予想外だったのか、手を重ねられた彼は、目を丸く見開いて。それからまた、いつものあの笑顔を浮かべてから、なまえの手を握った。
突然手を握られて、思わずその手を引こうとしたが、意外と強い力で掴まれた手は外れることなく。
「あの、ちょ、手…」
「タワーの上、行くでしょ?」
なまえの困惑の声など、いつものように彼はスルーする。
グッと引かれた手に、なまえは、意図せず顔が赤くなるのがわかった。こんなの、こんなの赤くなるに決まってるっ。
こんな顔を見られれば、また彼は嬉々としてなまえを揶揄うだろう。
頼むから振り返ってくれるなと、なまえは赤くなった顔を下に向ける。
ダメなんだ。ただでさえ、タイプの顔なんだ。
中身が伴ってないから、今まで大丈夫だったのに。
「あー、また並び直し。いっそのこと、飛んで上まで行っちゃう?」
「ダメだって…」
ダメだ。
はぐれたのを、わざわざ降りて探しにきてくれたり。
話を、聞いてくれたり。
手を、握られたり。
そんな、稀に見る優しさなんか見せられたら。
「苦手なやつに、楽しみにしてたこと譲る必要ないだろ」
下を向くなまえに気づき、勘違いしたのか、そんな言葉をかけてくるものだから。より、顔を上げられなくなる。
これはあれだ、吊橋効果なんだと心に言い聞かせても、本当はどこかで分かっていた。
五条は、確かに性格が破綻している。しているけれど。
なんというか、嫌な人間では、ないのだ。
嫌な人間であれば、こんなにクラスメイトとして打ち解けることはなかったはずなのだから。
ー 俺はオマエの顔、タイプじゃないから! ー
ふと、入学初日に聞いた、彼の言葉を思い出した。
分かってるよ、と。なまえは少しだけ、掴まれた右手を握り返した。