第15章 差異
照れるでも、こちらを窺うでもなく。当たり前のことを、ただ当たり前に。
口にした硝子に対して、なまえは、「あ、うん…ありがとう…」なんて、歯切れの悪いお礼を言う。
ただ反射的に返したような軽いお礼の言葉とは裏腹に、なまえの心臓は馬鹿みたいに打ち鳴らされていた。まるで何か、全校生徒の前で間違いを指摘された生徒みたいに。
後ろめたい、何かが、背中を撫でて。
ピリリリリと、そんななまえの思考を断つように、電子音が鳴り響いた。
硝子の携帯電話だと気づいたのは、彼女が素早くポケットからそれを取り出して、耳に押し当てたからだ。
「はい、家入です。…はい」小さなその端末に向かって話す彼女の姿。ただ、見つめる。
雰囲気から、決して楽しくない話だということは分かった。
通話が終わったらしく、ピッと音を響かせて電話を耳から離した硝子は、ハァと疲れたように息を吐き出した。
「ごめんなまえ。急患が入った。」
「え、あ…そっか、うん」
「部屋のもの、何でも勝手に使ってもらっていいから。遅くなると思うし、先に寝てて」
「わ、わかった」
慌ただしく「本当にごめん」と告げ、着替えてドアへと向かう彼女に、「お酒飲んでるけど大丈夫?」と心配気な顔を向ければ、ふっと笑う。軽く人差し指を立て、「ひゅーんひょいってね」と慣れた様に自身へと反転術式をかけると、軽く手を振り急足で部屋を出ていった。
硝子は大人で、貴重な反転術式の使い手だ。こういうことが、よくあるのだろう。
彼女の目の下の隈を思い出して、なまえは思う。
バタンとドアが閉まり、主人のいなくなった部屋。ほっと、息を吐き出した自分が分からなくて、右手でギュッと服の襟を握る。
「(…どうして、硝子が出て行って少し安心するの…)」
学生時代、あんなに頼りにしてた親友。いなくて不安なことはあっても、いなくて安心するなんてこと、なかった。
思考を振り払う様に首を振って。
とにかく一度座ろうと、して。
座っていいのかな、なんて。
ふと、思う。
テーブルに残ったメロンソーダ。
飲んで、いいのかな。
シャワー、使っていいのかな。洗面所は。トイレは。
寝るときは、どこで。
あれ、となまえは立ち尽くす。