第15章 差異
七海が口を継ぐんだのを確認して、五条はようやく、その両手からなまえの両耳を解放した。
抗議の声を上げるなまえに対応する五条。その2人の姿が、学生時代にダブって見えて、七海はサングラスの奥の目を細める。
ふいに、彼女の瞳が、七海を捉えた。
一瞬、言えなかった言葉が頭をよぎったが、それが音になる前に口を閉じる。こちらに向けられた五条の視線に、ため息を吐きたくなりながらも、なまえの瞳を見返した。
「私は、どんな経緯であれ、あなたが生きていてくれて良かったと思っています」
それは、紛れもない事実。
だからこそ、自らのエゴで、同じ過ちを繰り返してはいけないと思ったが。
エゴの塊のような人間が彼女の側にいる限り、どうやら己の選択が反映されることはないだろう。
右手でサングラスの位置を直すフリをして、そっと彼女から視線をずらす。
自らのエゴを突き通すというならば、責任を持って、彼女を幸せにしてほしい。
「できることなら、幸せになっていただきたい。…灰原の分も」
それは、彼女に言うようで、その後ろに立つ男に向けて。
最強と呼ばれるその男は、七海の言葉を受けて、その口元に弧を描く。当然と言わんばかりのその自信に満ち溢れた表情に、また溜息が出る。いずれ、肺の空気が無くなってしまうのではないだろうか。
そんな七海を他所に、五条は先ほどまでなまえの耳を覆っていた手を、彼女の肩に置いた。
「んじゃ、そろそろ行こっか。なまえ」
「あ、…うん。」
七海の言葉に何を感じたのか、どこか複雑そうな表情を隠せないなまえは、歯切れ悪く五条に答えながら、その視線の先を再び七海へと向ける。
「…えっと、七海」
昔の姿のまま。昔の呼び方をされると、まるで自分までが、あの頃にいるように錯覚して。
そして彼女は、少しだけ首を横に傾けて、目を僅かに細めて、ふわりと風が舞うように笑った。
「ありがとう」
もう戻らないはずの日が、鈍く輝いた気が、した。