第15章 差異
そんな七海の選択は、きっと間違っていたのだ。
手放したく無いと強く握りしめるあまり、大切なもの達は粉々になり、手に残ることはなかった。
だからこそ、次があるのならば、選択を間違える訳にはいかない。
自分はもう、冷静な判断ができる大人なのだから。子供である彼女を守る義務がある。
そう思い、告げたはずの言葉は、彼女に届かない。
「五条さん」
思わず、咎める音が声に乗る。
目を丸く見開くなまえの後ろで、学生時代、常に彼女の側にいた最強が、彼女の小さな耳をその大きな両の手で塞いでいたのだ。
何が起きたか分からず、きょとんとした表情のなまえを見下ろす五条の雰囲気は、七海も久しく彼のそんな様子を忘れていたほど優しかった。
だが、次の瞬間には、いつも通りの彼が、目隠し越しに七海を見た。
その口元が、不機嫌に歪む。
「なまえに余計なことを言うな」
それは、小さな子供の我儘の様で。なのに、確固たる意思を持って。
一瞬、面食らったように口を継ぐんだ七海だったが、『余計なこと』という言葉に、ピクリと眉が動く。
「何を言っているんですか。彼女がこの世界に向いていないことは、あなたが一番分かっているのでは?」
「ああ、分かってるよ。だからなまえを呪術師にはしない。だけど、」
淀むことなく。
それはただ、決定事項を告げる。
「僕はこいつを手放さない」
言い切った五条に、一切の迷いは無かった。
死なせたくない。傷つけたくない。
でも同時に、手放せない。
我儘の様な、ではなく。それは我儘だった。
だが、ただの我儘と片付けてしまうには、五条の意思は既に固まりきっていて。
かつて、選択を間違えて大切なものを手放した七海と同じく、彼もまた、大切なものを失った人間だったから。
言葉の深みを感じ取ってしまえば、七海には続ける言葉が無かった。
思い出すのは、かつて彼女の隣で笑っていた五条と、彼女を喪い、何かが欠けてしまった五条の姿。五条にとっての彼女の存在が、どういったものだったのか。思い出してしまったからこそ、七海はそこに割って入ることなどできなくなってしまった。