第12章 幕間
五条悟
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光の消えた部屋で、五条悟はベッドに腰掛けていた。いったいどれだけの時間こうしているのか、分からない。数分な気もすれば、数時間な気もした。
部屋の隅には、一年生のクリスマスに飾られた折り紙が、未だそこに貼り付いている。あの時、面白がった傑となまえの2人が、接着剤で貼り付けたのだ。
今もまだ、鮮明に思い出せる。
その時、カタンと、小さく音が響いた。
『朝だよ!起きろー!』
響いた声に、それまで俯いていた五条は、弾かれた様に顔を上げた。
それは、机の上に置かれた、ぶさいくなライオンのぬいぐるみだった。ぶんぶんと腕を振り回して、聴き慣れた声で叫ぶそれ。ぬいぐるみの声に反応してしまった自分に、五条は自嘲気味に笑った。
立ち上がって、机に近づくと、両手でぬいぐるみを持ち上げた。歪んで縫い付けられた目を、そっと触る。
「…てか、目覚ましなのになんで夜の6時にも叫ぶんだよ」
呟きに答えてくれる人は、もういない。
どうせ、彼女のことだから、6時の設定はできたが、朝と夜で分けて設定することができなかったんだろう。もしくは、一回じゃ寂しいからとか、訳の分からない理由かもしれない。
「馬鹿じゃねぇの…」
ふいに、ぬいぐるみに水滴が落ちて。ぬぐおうと、右手の親指を伸ばせば、その上にも水滴が落ちる。
『朝だよ!起きろー!』
呪力を流せば、またぬいぐるみは彼女の声で叫びだす。ぬいぐるみの上に落ちた水滴が、スゥッと滑り落ちていき、まるで、泣いているようだった。
「お前が、起きてこいよ…」
体すら、残らなかった。
だからまだ、彼女が帰ってくる気がしてしまうのだ。いつもの笑顔で。いつもの声で。
彼女の最後を見たのは、他でもない、自分なのに。
彼は、深夜になってもずっと。
ぶさいくな、ライオンのぬいぐるみをその手に持ち続けた。ただひたすら。彼女の面影を求めて。
その強すぎる想いが、呪いとなったことを、彼は知らない。