第11章 絶望
天井に張り付く呪霊を巻き込んで、彼女を閉じ込めていた結界が、建物ごと崩壊する。
これは、悟の術式だと、なまえはすぐに分かった。崩壊し、露わになった外から、夕焼けが差し込んだ。
呪霊の結界による、時間のずれ。
だから、『逢魔時』が発動しなかったのだと、彼女は理解した。
崩れ落ちた壁の、その向こうに。白い髪が、夕焼けの中で宝石のように輝いていた。肩で息をする、彼の姿。恐らく、なまえにとってここでは小一時間しか経っていないはずが、外では数日過ぎていたのかもしれない。
心配して、急いで来てくれたんだと。それだけで、嬉しかった。
静かに、なまえは自分の体を見下ろす。
左腹部に、突き刺さる鋭い針。
針が刺さった部分から、体がふわりと発光を始める。
顔を上げれば、目を見開いた五条が、なまえへと向かって駆け出し、右手を伸ばした。つられて、なまえ自身も、彼の伸ばした手に重ねようと、右手を伸ばして。
彼の手に触れたと思ったなまえの右手は、かき散らされるように、光の粒子となって消えた。
見れば、なまえの体は、どこもかしこも光っていて。まるで、花火の様だと彼女は思った。
あの日、4人でした。あの、花火の様だと。
呆然とした顔をする五条に、なまえは口を開く。光となって崩れていく体。声は、出るだろうか。まだ、伝えていないことが、あった。
「好きだよ、悟」
恐怖なのか、絶望なのか、くしゃりと、彼の顔が歪んで。
もっと喜んだ顔をしてほしかったと、彼女は思った。あの、クリスマスの日に。この言葉を言えていたら、彼は笑ってくれただろうか。
戻らない過去に、彼女は笑って。
そして、みょうじなまえは消えた。
美しく咲いて散る、花火の様に。