第59章 2人の炎をあたためて ✳︎✳︎
「少し待っていて欲しい」
俺は七瀬の部屋に置いてある自分の着流しに袖を通した後、廊下に出た。
行き先は台所だ。
確か冷蔵庫の中にあったはず……。電気をつけ、ひんやりとした冷気が充満している庫内から目当ての物が入ったガラス瓶を見つけた俺は、それを取り出す。
醤油差しより小ぶりな大きさのそれは、区別する為に”黒蜜”と書かれている。
左手に持っている小皿にうずらの卵1個分の量を出し、残りは冷蔵庫へと戻した。
それから5分後、七瀬が待つ部屋に戻る。
小皿を一度彼女の文机に置いた後、着ていた着流しを脱ぐと恋人がハッと息を飲んだ様子が感じられた。
きっと七瀬には、戸惑いの思いが心に充満しているであろう。そう予想した俺は彼女を安心させるように頭をよしよし……と撫でた後、小皿を目の前に差し出した。
恐る恐る顔を近づける七瀬。鼻でにおいを嗅ぎとった彼女は、黒蜜ですか?と問いかけてくる。
「そうだ」
人差し指の先端に黒蜜をつけた俺はそこから垂れないように気を付けながら、焦茶色の双眸を大きく揺らす恋人にゆっくりと近づいていった。
「甘い七瀬をもっと甘くしたら、どうなるのか気になってな」
「え……あの、それって……あ……ん」
ぬるっとしたかたまりを形のよい鎖骨の中央に落とした後は——横にスー…ッと丁寧にそれを伸ばしていく。
「うむ、こんな物か」
左右の鎖骨の線に沿って綺麗に塗り終えた俺は、黒蜜がまだ残っている人差し指を恋人の口内に入れ、顔を鎖骨に近づけた。
舌を突き出し、丁寧にそこを辿って行く。
すると七瀬の口から漏れるのは黒蜜と同じか、それ以上にまろやかな彼女の吐息と声だ。
「はあ……やはり甘いな…七瀬は」
「んっ、きょ、じゅっ……ダメで……」
「君の“ダメ”は、んっ……肯定……と」
“みなす”
そうして2回程鎖骨を吸い上げ、赤い所有印をはっきりと刻みつけた。