第51章 甘えさせ上手と言われたい ✳︎✳︎ ＋

✳︎七瀬から見た景色✳︎


「こう言った物はどうだ？ いつも君を抱きしめようとする際、両手を横に広げるだろう。すると七瀬はいつも笑顔で俺の下に来てくれる。あれを体験したい！」

「えっ、私そんな顔してるん、ですか」

「ああ、してるぞ！」

師範から恋人へ表情を変えた杏寿郎さんは、いつも私を甘えさせてくれる。

彼はとても甘えさせ上手な人だとよく思う。
いつも優しくて頼りになり、でも間違った事や納得出来ない事に対してははっきりと率直に思いを告げる。

そんな恋人がどうやら【甘える事】を体験したいと言っている。
杏寿郎さんは私から視線をそらさず、じっと見つめている。
…目力が強くて恥ずかしくなってくるけど、他でもない彼からの頼みだ。

「これで、良いですか？」

良いのかなあ。大丈夫かなあ。そんな戸惑いを全面に出しながら、静かにゆっくりと両手を広げた。
顔が瞬時に赤くなるのがわかる。うう、やっぱり恥ずかしいよう。

それでも頑張って口元には笑みを乗せてみた。


「うむ、では君にこうしてみよう」

「えっ…」

杏寿郎さんの頭が私の胸元にぴたりと密着したのだ。
いつも自分が彼にする甘えの仕草だ。一瞬は戸惑ったけど、すぐに愛おしさが心に広がる。

ふわふわの金髪にそっと両手を回すと、思わず笑顔になる。
大好きな杏寿郎さんのにおいが鼻腔に広がった。ふふと声が出る。そんな様子を見ていた彼が右手を私の背中に回した。

わぁ…これも私いつもしてる仕草だなあ…。

「嬉しいです、杏寿郎さんが甘えてくれてるみたい」

「これで甘えている事になるのだろうか」

「なっていると、私は思います。杏寿郎さんはいつもこんな風に感じているんですね」

恋人の頭頂部に一度口付けをした後、顎をのせた。

頬や口元に彼の髪が当たるのがくすぐったくも心地よい。杏寿郎さんの側頭部を撫でたり、頬に右手をあてたりと普段彼が私にしてくれる仕草を思い出しながらそんな事をしてみた。