第26章 蟲柱、胡蝶しのぶ +
春から秋までひらひらと蝶が舞う蟲柱邸の庭だが、季節は冬。
今は一羽もいない。曇天から雪が降って来そうな、そんな十二月上旬の事。
「はい、これで終わりです。珍しい方がいらっしゃって私は明日の天気が気になりますよ。姉さんの所へ行こうと思っているので」
にっこりと広角が上がった可憐な笑顔。
それと対照的に小さな口から飛び出すのはやや皮肉めいた言葉だ。
丸椅子に座り、机に置いてある診療記録に文字を書き込んでいるのは、杏寿郎と同じ柱の胡蝶しのぶである。
「ははは、そうか!確かに雪が降りそうな空模様ではあるな」
しのぶに言われて、杏寿郎は視線を外に向ける。
診療室のガラス窓から視界に入るのは、上空に浮かんでいる雲だ。
「カナエ殿には一般隊士時代によく世話になった。あの時はまだまだ加減がわからなくてな。怪我もたくさんした物だ!」
「そうですね。今じゃ考えられないぐらい蝶屋敷にいらっしゃる頻度が高かった覚えがあります。今日のような怪我も多かったですよね」
「そうだな!」
杏寿郎が蝶屋敷へ来訪したのは怪我の為である。
今話していた通り、彼は柱就任後に目立つ傷や大きな傷等は毎回ではないが、しなくなった。
戦い方が変わったと言うのが一番の理由だ。数年前まではただがむしゃらに、そんな言葉がぴったりとあてはまる戦法だった。
「同行した隊士を庇った…と言えば聞こえは良いが、これは互いの共通認識にズレがあった故だな」
「意外です、煉獄さんでもそんな事があるなんて」
「何、珍しくはない。物事と言う物はほんの少し歯車が合わないだけで上手くいかない事は往々にしてある!!」
杏寿郎は包帯が巻かれた左腕を見ながら、この怪我を負った時の事を思いだす。