第12章 失ったもの
その言葉を聞いて雅雄は杏寿郎に視線を向ける。その視線に気付いていないのか、杏寿郎は目を閉じて壁に寄りかかっている。
隻眼になってまで剣士を続けられるかどうかは、お館様の判断によるだろう。危険な任務に赴くことが多い柱の任務を今まで通りこなせるとは考え辛い。
し「そうですね、煉獄さんの左目はもう機能していません。回復も見込めません」
治療にあたったしのぶは、ハッキリと告げた。二人から月奈の表情は見えないが、そうですかと呟いた声は諦めたような分かっていたような声だ。
「…隠の私より、柱の杏寿郎様の目の方が必要なのに…神様は残酷ですね。目一つで乗客全員が救われたなら、と杏寿郎様は先ほど言っていたけれど…」
し「月奈はそう思えない、ですか?先ほどは自分自身に怒っていたのですか?」
(そうだ、鬼殺隊に身を置きながら一般の人間よりも杏寿郎様を優先した自分に腹が立ったんだ)
「それもありますが、命を投げ出そうとした杏寿郎様が許せなかったのです。私も同じような行動を散々していたのに、自分の事は棚に上げて…恥ずかしい限りです。」
し「それでも煉獄さんは生きて戻ってきました。月奈や朝霧君の行動のおかげ、と聞いていますよ。煉獄さんを二人が守ったのですね」
「鬼と杏寿郎様の衝突の時に雅雄様が間に入っていなかったら…今でも思い出すだけでゾッとしてしまいます。ある意味では杏寿郎様も私も、雅雄様に救われたということです」
そう言うと、月奈は指を折って何かを数えている。
しのぶは首を傾げて覗き込む。
「雅雄様に御礼をいう事と杏寿郎様に謝る事、竈門様達にもお見舞いに行かないと…やること一杯です!早く回復しないとですね」
雅「俺に御礼なんかいりませんよ。炎柱様が命を落としたら月奈さんも後を追いそうだったから間に入っただけです」
背後から突然聞こえた雅雄の声に、ベッドから飛び上がる勢いで月奈が振り向いた。
「ま、雅雄様!?いつからそこに…杏寿郎様も!?しのぶさん!!」
自分の言動を思い出したのか顔を真っ赤にしてしのぶにしがみついた月奈に、ゆっくりと近寄った雅雄は顔を近づけて微笑んだ。
雅「最終選別の時に月奈に救われたから御礼はいらないですよ」
「へ?最終選別…?」