第9章 好敵手
「天元様を忘れてるわけじゃないんですよ。
でも一瞬、…え?みたいな…うまく言えないけど
ちょっと違ったんですよ。
私そういうのは敏感だと思うんです」
「…で?」
「…他の誰かに、惹かれているんじゃないかと…」
まったくもって信じたくたねぇし認めたくもねぇ。
でもまきをが言うのだ。
当たらずも遠からず、だろう。
黙り込んだ俺へ
追い討ちをかけるようにまきをが口を開く。
「…まだ自由の身ですしねぇ…」
確かに夫婦になったわけじゃねぇ。
乗り換える事なんて簡単にできる。
ただ俺が、それを許せるか許せねぇかの話だ。
「…ご苦労」
一言告げると、まきをは一礼して消えた。
書き物どころじゃなくなった。
——どこのどいつが、睦に入り込んできやがった。
俺はその場でただ、空を睨んでいた。
私の店の裏手にはこぢんまりとした神社がある。
大きな木に囲われていてとても素敵だ。
夏の頃は木漏れ日がきれいでよく足を運んでいた。
今はもう寒くて敬遠していたが、今日は小春日和。
お昼はここで食べようと決めていた。
店の扉を施錠して神社へと向かうと、
思わぬ先客がそこにいた。
この間、甘味処で見かけたあの人だった。
偶然って恐ろしい。
どこから来たのか、…犬…
仔犬と戯れている姿にどきっとした。
笑って、いるのだ。
あの、睨むように細められた目、
チッと舌打ちした時とは大違い。
何て、優しく笑うんだろう。
よっぽど犬が好きなのかな。
それとも、あの時の機嫌が悪かっただけ?
…でもあの時も…
あの包みを受け取った時、
少しだけ表情が優しくなったっけ…。
私は吸い寄せられるように
フラフラとそちらに歩を進めた。
私に気づいたその人は、キッと私を睨んだ。
「あの…」
声をかけるとスッと立ち上がる。
仔犬は構わず、彼の足元にじゃれついている。
「不死川サン、ですか?」
絶対に悪い人じゃない。怖い人でもない。
だって、仔犬がこんなに、懐いてる。
名前を呼ばれた不死川サンは少し驚いて、
私の顔を眺めていた。
私を知っているか、見た事がある顔か
確かめているようだった。
「…誰だァ」
あらら。
まぁ当たり前か。
「この間、蜜璃ちゃんと甘味処でお見かけしました」
「甘味…?」