第1章 嚆矢濫觴
長時間座りっぱなしで
凝り固まった体をうーんと伸ばす。
時計を見ると10時を過ぎていた。
「え!もうこんな時間なの⁉︎」
まずい、早く帰らなくちゃ。
こんなに遅くなっていたなんて。
どうして私は
いつものめり込み過ぎてしまうのだろう。
またごはんを食べ損ねてしまった。
私は電気を消してから店を出る。
鍵をかけ、急いで家へと向かった。
当然、周りは静まりかえっている。
いつもは賑やかな商店街が静かだと、ちょっと怖い。
でも今夜は満月だ。
明るい。自分の影ができる程だ。
見上げると、見事な月。
雲ひとつなく、
輝くそれは、私の事を見下ろしている。
お日様とは違う光に、
何だかとても安心する。
怖く、ないや。
私は出来たばかりの髪留めを、
自分の巾着にしまうと、
月夜を楽しむように、家路を歩き出した。
揺れる草木も、
少し冷たい風も、何て美しく優しいのだろう。
私はとても気分が良くて、
鼻歌なんて、うたったりして。
誰もいないし、大声でもよさそう。
なんて思っていると。
後ろから…私をつけてくるような足音が、する。
気のせいだと思いたい。
だって、夜に、
私を追いかけてくる足音なんて、
やっぱり怖い。
私は振り向いて確認するのも、嫌で。
少し、歩を早める。
そうしたら、向こうも速くなり。
私、この音知ってるの。
小さい頃も、追いかけられたから。
走っちゃダメなんだよ。
そんなのわかってる。でも、
怖いから走っちゃうんだ。
いやだいやだいやだ!
早歩きするけど、
それはどんどん近づいて来て、
私はとうとう走り出す。
まだ家までは遠いのに!
でももう、一度走り出したら、恐怖で止まれない!
これは間違いなく、犬だよ犬‼︎
あの息づかい、足音。結構大きいに違いない。
気をそらす為に、この巾着を投げたいが、
中に大切な物が入っているの。
私が必死に走っても、
犬の速さになんて敵うはずがない。
追いつかれたら、噛まれる?
そう思った瞬間、
建物の陰から伸びて来た手に、
腕をぐっとつかまれ、それを軸に
くるっとターンして、誰かの体にぶつかった。
同時にひょいと担がれる。
私も犬も、何が起きたのかわからず…
一度行き過ぎた犬は
嬉しそうに足元に戻ってきた。
伸び上がった犬が、
私の足に届きそうで、
私は足を引っ込めて逃げる。