第8章 見た夢はあまりに儚くて
(act.01‐思い出してくれたのに‐)
電話を切って、さっさと後ろに乗れと急かすリョーマ。
「え、出掛けるって…何処に?」
『今度は忍足さんの家だって。ほら、さっさと後ろ乗って』
私はリョーマに促されるままに
再び、自転車の後ろへと跨った。
「何?もしかして、紗耶に何かあったの?」
『俺が知るはずないでしょ。直接本人に聞きなよ』
暫く走ると、マンションの前で
自転車はキッ、と錆びた音と共に止まり、
『ーー芹佳…っ!!』
目の前には、済まなそうに、眉を下げる周助が居た。
私は、リョーマの自転車から降りると、そのまま動けなくなってしまった。
だって、この世界に居る彼は、私たちと3ヶ月を過ごした彼じゃなくて、
トリップをしてない、テニスの王子様の不二周助で、
アレ?何言ってるんだろ、私。
『変な事考えてないで早く行きなよ』
「いや、だって心の準備が」
挙動不審な私は、周助が目の前まで来てる事に気付かなくて
「…ーー、っ!!」
不意に抱き締められて、私の思考回路は停止した。
暫くして、思考回路を回復させた私は慌てる事しかできないんだけど
「へ、あ、しゅ、…不二、くん?」
それでも、この現状がうまい事理解できなくて困惑しかできなくて。
『ーー傷付けてごめんね、芹佳』
「え!あ、しゅ、不二くんが謝る事ないよ!あれは私たちが変な事…」
『もう一度、周助って呼んでよ』
その言葉にまたも頭が理解してくれなくて顔を上げると
目が合った彼は、優しく、私が知ってるあの笑顔で微笑んでいた。
「……しゅ、すけ…?」
『うん、』
「だって、え…嘘、だ…」
『嘘じゃない、ちゃんと思い出したよ。皆も、全部思い出したんだ…』
「周、助…」
『何?芹佳…』
「…周助だ、私が会いたかった周助が居る…」
頬を伝う涙を周助が拭ってくれたけど
溢れ出した涙は、止まることなく零れ落ちて、
私は堪らず周助の腰に腕を回した。