第9章 風柱と那田蜘蛛山
「来世では真っ当に幸せな人生を歩んでください」
そう言って跪き、日輪刀を頚椎にあてた。
「炎の呼吸 未定ノ型 紫炎の猫」
更紗が手にありったけの力を込めた時、杏寿郎は更紗の手元に意識を持って行かれた。
本人は気づく様子が全くないが、手から力が漏れ出ているのだ。
そうして本人がそのことに気付かぬまま、紫の炎を纏った猫を発現させ、一息に頭と胴を切り離す。
だが、更紗にとってその感覚は今までと違い嫌に生々しく、生理的反応から自然と涙が零れる。
その様子が可笑しいのか、塵となりゆく当主は蔑んだ笑顔を更紗に向ける。
「俺は鬼だが……元は人間だ。お前は一生その手に残る感覚を忘れず、残りの人生、せいぜい楽しんで生きていけ」
クツクツと低い笑い声を残し、ようやく当主は身に付けていたものだけ残して消えていったが、更紗にとっては後味の悪い結果となってしまった。
日輪刀を鞘に収めることすらせず、項垂れ跪いたまま地面を見つめている。
「更紗、立つんだ。俺達は仲間が鬼になったとしても、躊躇わずその頸を斬らねばならないのだ。ここで立ち止まっていては、この先剣士としてやっていけないぞ」
本当ならば杏寿郎は、心を痛め涙を流す更紗を慰めてやりたい。
だがそれは鬼殺隊の上に立つ柱として相応しくない行動であるため、うずくまる少女が自分で立ち上がるのを静かに待つ。