第9章 風柱と那田蜘蛛山
更紗は大きく頷き、2人に促されて元の場所に戻って杏寿郎の顔を見て驚き目を見開いた。
「杏寿郎君、どうされたのですか?!どこか痛みますか?任務で傷でも……」
杏寿郎自身も更紗に言われて初めて気が付いた。
頬に涙が伝っていることを……
「あ……違っ。すまない……紗那さんの言葉が、母上が亡くなる少し前に俺に言ってくださった言葉と似ていて……申し訳ございません」
杏寿郎は涙を手で拭うも幼い時の母の記憶が次々思い起こされ、なかなか涙が止まらない。
そんな杏寿郎の頬に更紗は両手を当て、父が今さっきしてくれたように額を合わせた。
「謝らないで……その涙は杏寿郎君がお義母様を想い、お義母様が杏寿郎君を想ったからこそ流れた涙です。すごく綺麗な涙です……」
いつもと立場が反対なことに杏寿郎は戸惑ったが、更紗の手、額から伝わってくる温かさが胸に広がっていた切ない痛みを癒していくのが分かった。
頬に当てられた手に自分の手を重ね合わせホッと息をつく。
「更紗の手は力を使用していなくても俺を癒してくれる。ありがとう、もう落ち着いた」
その言葉に更紗は安心したようにフワリと微笑み、額と手を離し杏寿郎が体温を感じられるほど近くに腰を下ろした。