第8章 お引越しとお宅訪問
「傷が多い少ない、大きい小さいで鬼から人を助けた数が決まるわけではないからな。今まで特に悲観したこともなかったが……古傷がそのうち痛みさえしなければ、あってもなくてもどちらでも構わない」
特に感情の揺れもなく普通に話していたのだが、なぜかいきなり更紗が抱き着いてきた。
倒れないよう杏寿郎は後ろに片手を付き、更紗の体をもう片方の手で支えるが、泣いている訳でも甘えている訳でもなく、いつもと違う更紗の行動に、煩悩が湧く暇もなく焦りだけが杏寿郎の胸を埋め尽くす。
「更紗?一体どうした……っ?!痛まんから治さなくて良い!」
杏寿郎の腰あたりに少し肉が抉れたような傷跡があり、それが将来痛みを出すかもしれないと思い、更紗はせめてその傷だけでも治そうと試みていたのだ。
だが、生傷と古傷とでは勝手が違うようで苦戦している。
杏寿郎は体を支えていた手で、傷跡に当てられた更紗の手を掴みそのまま上へ上げる。
その間も更紗は杏寿郎の胸に黙って顔を埋めたまま微動だにしない。
「大丈夫か?!体調は?!」
「大丈夫です……まだ腹ぺこではありませんので」