第23章 上弦と力
そしてそれが寸前まで迫った時、杏寿郎は地面を強く蹴って後ろへ跳躍し赤い微細な結晶から距離を置くも、隊服から出ている手に僅か数粒の付着を許してしまった。
「ぐっ……これは確かに厄介だ」
鬼から目を逸らさぬまま痛みが走った手を視界に映すと、壊死とまではいかないものの手の甲一帯が凍傷の一歩手前まで痛めつけられていた。
「残念、大量に吸い込んでくれたら即死させてあげられたのに」
事前に柱である杏寿郎は先ほどの血鬼術の情報を得ていたのだ、大量に吸い込むなど本気で鬼も思っていなかっただろう。
この嫌味とも取れる発言に杏寿郎は僅かに目を細めただけで、あまり不快感を示しはしなかった。
「君は偉く話すのが好きだな。俺は君と話しなど望んでは……」
「うわぁ!何それ!怪我が治ったじゃないか!まさかこれも更紗ちゃんの力?」
杏寿郎が目を見張り鬼が感嘆の声を上げた訳は、杏寿郎の体を包み込んだ銀色の粒子が、凍傷となりかけていた手を一瞬で癒したからだ。
先ほど鬼が放った粉凍りと見た目は似ているが、杏寿郎にとって天と地ほども差のあるものである。
「わざわざ教えてやる必要もあるまい。それに、あまり気を抜いてると痛い目を見るぞ」
「何を言って……」
問い掛けようとしたが、それは突如目の前に現れた少女によって阻まれた。
「紫炎の呼吸 弐ノ型 星炎燎原」
激しく燃え盛る薄紫の炎が鬼の視界を埋めつくした。