第15章 夏に溶けて
むくりと起き上がる。
いけないいけない。リビングのソファーで寝てたみたい。今日は学校でたくさん遊んでつかれたからな。
目をごしごしこすっていると、台所からガシャン!と音がした。
慌てて時計を見た。
夜中の七時。
あ。
『今さら起きたの?』
私は身構えた。
二秒後には平手打ちが飛んできた。
痛みに目を閉じる。
『洗濯物は?皿洗いは?ご飯は?掃除は?買い出しは?何でやらないの?』
……………。
『あんた、何のために生きてるの?』
『……』
『学校行ってるだけのくせして疲れてますアピールやめてくれる?役立たずの子供がいる私の方がしんどいんだけど。』
私は立ち上がった。無言で自分の部屋へ向かった。
『無視するな』
追いかけてくる。
この家にいる限り、部屋に引きこもったところで、追いかけてくる。
『お母さん』
私はうわ言のように呟いた。
その間に私に向けられるのは憎悪と罵詈雑言。この世の全ては私のせいで歯車が回っていないかのような話し方だった。
この怒鳴り声は聞こえているはずなのに、父親は駆けつけてくる気配もなかった。
だんだんとわからなくなる。だんだんと見えなくなる。
お母さんって、何?
自分を産んだ人。痛みと時間を犠牲に私をこの世に産み落とした人。
……そんな人とうまくやっていけるはずがないだろう。
痛みと引き換えに産んでくれたのに、子供にできることは手間と迷惑をかけることだ。大人の辛さがわからない子供は、ただ自分の狭い世界を辛いと嘆いて大人の逆鱗に触れる。
出産の時以上の痛みを子供は親に返す。
何をどうしても、親は子供を許さない。愛してるなんて言いながら子供を憎んでいる。
『ごめんなさい』
結局はこれに限る。
愛し合う親子なんて嘘だ。フィクションだ。全部テレビの向こう側のお話し。
私は謝る。謝り続ける。
『ごめんなさい』
ごめんなさい、ごめんなさい。
あなたの娘が私でごめんなさい。私、“娘”向いてないの。
ごめんなさいごめんなさい。
ごめんなさい、産まれてきて、ごめんなさい。