第5章 言の葉
見開かれた目から滑らかな頬に零れた雫
初めて見た母上の涙は、美しかった。
「お館様やあまね様に支えられ、背を預けられる仲間と、千聡という素敵な女性にも出会えた。
そうだ、千聡の腹に子が宿ったと、文がありました。貴女の、孫です。」
母上は何も言わなかったが、嬉しそうに頷いてくれた。
「…ひとつ心残りがあるとすれば、愛しい者たちの笑顔をもう側で守れないことです。それだけが…とても寂しい」
千聡の身体に宿るあの子に、どんなに愛しているか伝えたかった。
俺たちのもとに生まれて良かったと思ってもらえる父親に、俺もなりたかった。
「戦い抜いたのでしょう?」
静かな問いかけは、あの日とは違う温かみを帯びていた。
「守り抜いたのでしょう。
ならば声が届かずとも言葉は生き続け、きっと愛しい者の心を守ってくれる。
そしてあなたが守った人達が、今度はあなたの志と大切なものを守ってくれるのです。
杏寿郎、あなたがそうしてくれたように。」
そうだ。信じて、託した。
伝えた。
きっと、届いた。
ひとつは小さな言の葉も、集まれば大樹になるだろう。
だから願おう。
幾重に交わした言葉の木陰で、大切な人が休めるように。
その人の胸に、言の葉が生き続けてくれますように。
【言の葉 終】