第5章 言の葉
不意に、くるりと振り返った母と目があった。
何も変わらない、意志の強い綺麗な瞳。大好きな母の目だ。
静かに両手を広げられ、幼な子のようにその胸に包まれた。
温かく抱いてくれていた腕の中はこんなにも小さかったのか…
なのにどこまでも広い。母とはなんと不思議なものだろう。
「…杏寿郎」
「はい」
「杏寿郎」
「はい、母上。杏寿郎でございます。」
「こんなに、こんなに…」
大きくなって。そう言われると思った。
成長した姿をこんな形で見せることになるとは思わなかったが。
「こんなに早く…」
「っ…」
小さな背が、声が、わずかに震えていた。
「親不孝な息子をお許しください。」
肩越しに首を振る気配がした
「ずっと…気がかりでした。強く優しくという私の言葉が、大きな荷を、幼いあなた一人に負わせてしまった」
母は…俺に生きてほしかったのだろう。
自分の言葉が俺を死なせてしまったと悔いている。
それは煉獄という名を持たぬ一人の、ただの『母』としての切なる声だった。
しかし決して「ごめんね」とは言わない、強く優しい煉獄瑠火という人の心を、俺は少しでも支えてやれないだろうか。
あの日母がしてくれたように。
「母上。母上は、責務を全うしたと褒めてくれたではありませんか。
それに、なぜ人より強く生まれたのかと問うてくださったあの日の言葉は、俺の心を照らし続けてくれた。
あの言葉があったから、ここまで歩いてこられました。」
「…よく、頑張りましたね」
とん、とん、と優しい手が背を叩いた
「千寿郎とあの人を、守ってくれて、ありがとう。
母はあなたを誇りに思います」
「…俺は、」
あの日流せなかった涙が、とめどなく溢れた。
母として、女性として…決して長い道ではなかった彼女の人生も、幸せだったと信じたい。
「俺は、貴女のような人に産んでもらえて、光栄でした。」