第1章 日輪を繋ぐもの
日夜多くの人が出入りする蝶屋敷では、夕刻笑って言葉を交わした隊士が翌朝冷たくなって帰ってくることも珍しくなかった。
最初は怖くて怖くてその度に泣いていたものだが、次第にそんな心を切り離すようになった。
大切なものを奪っていく鬼への怒りも、失う怖さも、己のやるせなさも、全てを笑顔で覆い隠した。失うことが少しでも怖くないように。
ある冬の雨の日
未明に血と泥に塗れ瀕死で運び込まれ、助けられなかったひとりの隊士を清めていた時、不意に戸が引き開けられ、燃える髪の青年が入ってきた。
あの髪と羽織…炎柱様だ。とするとこの亡骸は彼の部下か。
席を外そうとすると「いてくれて構わない」と低い声が聞こえた。
「ですが…」
「いてくれ」
いつも屋敷中に大声を轟かせている彼の掠れた声に、その場を動けなくなった。
「借りても、いいだろうか」
無意識に握りしめていた、清めの布のことのようだ。
「っはい…お水を…ご用意いたします。」
「うむ、頼む。」
炎柱様は体温のなくなった部下の体を丁寧に丁寧に清め始めた。時折、よく頑張った。君は責務を全うした。と、優しい声をかけながら。
少し伏せられた目にたたえられた感情に、見てはいけないものを見てしまった気がして、私は備品の表に目を滑らせながら仕事をするふりをした。
「君は、いつも戦っているのだな。」
「私は、何も…」
唐突に現在形で発せられた言葉に思わず振り返ると、清め終えた隊士の顔に白布をかけた炎柱様が静かな顔でこちらを見ていた。
いつも燃えていた瞳が、今は揺らめく陽炎のようで
この人も深い傷を負っている、そう思った。
「炎柱様の手当てをいたします」
「む、俺はどこも怪我をしていないが」
「ここが、血を流しているように、私には見えるのです」
ひたと、隊服の胸ポケットあたりに手を当てる。
ふ、と力なく笑う声がした。
「なるほど、『手当て』か…」
痛みを堪えるような、何かを閉じ込めるような、小さな二つの太陽。
「…多くのものが、この手からこぼれ落ちていくんだ」
何人の死を、この人はこうして一人で耐えてきたのだろうか。
「君は、怖くないのか」
「…どうでしょう…もう、わからなくなってしまいました」