第1章 第1話 誘い(いざない)
私は短大を卒業して家業の手伝いをするため、実家に帰って来た。
極道の世界において世襲制は当たり前だ。まあ、次の組長には私の父が据えられるのは当然として、その次は私か兄貴。両方幹部に上がるとしてどっちを上に据えるか。
カラン カラン。
「鈴?」
近くに神社などあっただろうか?
私は辺りを見回した。
だが、聞こえるハズがないことに気がついた。
私が歩いていたのは、短大からの帰りで大通りを抜けて後は家まで続く並木道。
その道は昔から抜け道として使っていて、店や神社などそういったものが何もない場所だった。
そのはずだった。
カラン カラン。
また鈴の音だ。
ただの一本道から聞こえるはずのない鈴の音がまるで私を追うように聞こえてくる。
カラン カラン。
「さっきより近い?」
不思議と辺りに人影はない、いつもなら散歩中の老人や幼稚園児の列が私の脇を通っていく。
当たり前の風景が遠ざかっているような気がする。
鳥の鳴き声も、虫のさざめきもまるで私一人を置いてきぼりにしたような静けさだ。
カラン カラン。
とたんに風が巻き起こり、私は目をつぶる。
目を開けて驚いた。
辺りは一瞬にして暗闇になった。
「一体…」
普通ではない何かに巻き込まれていると頭では理解したが、このままでは何もできない。気配を探れない相手に素手でどこまでやれるか。愛用のドスは家の自室にある。
「ふうー」
呼吸を整える。
チャリ
「そこかっ‼️」
気配がした方へ回し蹴りを叩き込む。
「ヒェェッ‼️」
声と共にパッと辺りが明るくなる。
先程の自分が歩いていた並木道の夏の気配とはうって変わって、ここは少し涼しい。
視界の隅に花弁が舞う。
桜だ。