第6章 006
大野の存在に気付いた、鍵のプロと言われた男は、やはり表情一つ変えることなく、まるで糸で吊られたかのようにスっと立ち上がり、黒縁メガネをクイッと持ち上げ、
「申し遅れました。総合セキュリティの榎本とです」
感情の読み取れない声色でそれだけを言うと、こんどは弘行の隣に横たわった。
「あ、あの…、一体何を…?」
榎本の、不可解ともとれる行動に、大野が首を傾げる。
そして、その様子を遠巻きに見ていた翔太郎と健太も、同様に首を傾げた。
ところが、榎本はそれをまったく気にした様子もなく、バスルームへと移動すると、バスタブのヘリにつまさきたをし、通気口のカバーを外した。
不安定な場所にも関わらず、一切バランスを崩すことなく立つ榎本の姿は、さながらサーカス団やどこぞの国の雑技団の曲芸を見ているようで…
す、すごい…!
大野は拍手を送りたい気分になったが、眼鏡の奥に、なんとも言えない冷酷さを感じた大野は、静かに元いた場所に戻り、素知らぬフリで鼻に指を突っ込んだ。
そしてすっかり冷めてしまった薄いコーヒーを一気に飲み干すと、自分が誘拐された身であることも忘れてしまったのか、呑気に居眠りを始めた。