第1章 001
翔太郎は急いで着替えを済ませると、ろくに挨拶もすることなく、楽屋代わりに用意されたテントを出た。
俳優を目指している翔太郎だから、顏を売るためのイベンターへの挨拶は、これまで一度たりとも欠かしたことはなかったのに…
翔太郎はハウジングセンターの敷地を出るとすぐ様、ある人物に電話をかけた。
翔太郎の中学時代からの友人で、バイト先の電器店の息子でもある矢野健太だ。
翔太郎と健太は、言わば“親友”とでもいったところだろうか。
そして健太も翔太郎と全く同じではないにしろ、ロックシンガーとして成功したいという夢を持っている。
尤も、スーツアクターしか仕事のない翔太郎に比べ、健太は子供向け番組で“歌のおにいさん”としてテレビにも出ているのだから、翔太郎にしてみれば羨ましい限りだった。
健太にしてみれば、“歌のおにいさん”になることは、自分の理想からは随分と遠く、それなりに知名度も着いてきた今でも、どうにかして辞めてやろうと考える毎日で…
一見すればやる気が無さそうに見える健太が、それでも収録があればテレビ局に足を運ぶのは、いつかロックシンガーとして大成してやりたいという、大きな野望があるからだ。