第4章 黒白の背反二律
その上目遣いに、言葉が詰まる。計算されたものだと分かっていながらも、初めて見るその表情にたじろいでしまった。普通に可愛いからやめろ、なんて、調子に乗りそうだから言ってはやらないが。
「…っ……勝手にしろ!」
耐え切れず、その眼から逃げるように顔を逸らした。心臓が痛い。熱くなる身体に、全身を掻きむしりたい衝動に駆られる。
「可愛いなァ、ほんま」
よしよしと言いながら頭を撫でてくるその手を瞬時に振り払う。揶揄われた。こいつはこういう奴だと分かっていたはずなのに、まんまと騙されてしまった。クソが。悪態を吐く。
「そない怒らんといて」
「死ね」
やはりこいつなんてさっさと死んでいれば良かったのだ。ムカつく。仕返してやろうか、と、ふと思いついた。にこにこ笑っているその顔を崩してやろう。そうと決まれば。片手でその小さな顎を掴む。
「え、」
「あ?んだよ、旦那サマってことはキスの一つや二つくらいするモンだろうが」
目を見開いてその水色の瞳を覗かせる市丸に気分を良くしながら、ガッと顔を近づける。もう少しで唇が触れ合う距離。その瞳を見つめながら、ぴたりと直前で止まる。
「ハッ…随分顔が赤いじゃねェか、"ご主人サマ"よぉ?」
にやりと笑って指摘してやると、市丸は紅潮した顔のままムッと顔を顰める。その表情が少し---ほんの少しだが---可愛くて、可愛いと思ってしまって、全身にじわりと汗をかく。
「……生意気や」
ちゅ、と。音が鳴る。あまりの顔の近さに思わず見開いた目を、市丸がその瞳で鋭く射抜く。ややあって身体を離したあいつは、いつもの憎たらしい笑みを浮かべ、
「ほなよろしゅうな、旦・那・様」
語尾にハートでもつきそうなくらい甘ったるく、俺の耳に吹き込んだ。
ああ、やはりこいつは、死んでいれば良かったのだ。五月蝿い心臓にうんざりしながら、喰ぬ笑みを浮かべる市丸に、ただただ溜め息を吐いた。
黒白の背反二律