第16章 グラビティ
思ったことをそのままいえば、突然静かになる彼女。濡れタオルを当てられているせいで彼女の表情は全く見えないが、どことなく言葉に詰まった様子だった。
「トバリちゃん?」
『…私は全然お姉ちゃんなんかじゃないよ』
「え?それはどういう…」
『うーうん、なんでもないよ』
「え?なになに気になるよ」
ヘらへらと笑って誤魔化す彼女を見ようと濡れタオルを持つ彼女の手を少しずらせば、目の前にはいつも通り優しい笑顔の彼女がいた。
最初に出会った第一印象はどこか気ままな猫のようで、フワフワとどこか掴めない雰囲気の彼女。それでいて一人でも勇まし立派なヒーローの卵である希里だったけれど、たまにどこ寂しげな表情をしている彼女がどうしてもほっとけなかった。
助けてあげたいという気持ちから声をかけていくうちに、次第に彼女と話すのが楽しくて心地がいいことに気づく。そして知らぬ間に彼女に絶対的な信頼を寄せていた。
彼女の何がそう思わせるのか分からないが、なんでも受け入れてくそうな、どこか大人びた彼女との時間は誰と過ごすよりも心地が良く、安心する。
そんな彼女を前に安心したのも束の間、笑顔の彼女の目にはどこか寂しげな光が揺らめいた気がした。
『どうした?だめだよちゃんと当ててなきゃ』
再び濡れタオルを私の目に当て直せば、またしても彼女が見えなくなり視界は暖かな暗闇へと戻る。
(どうしたんだろう…)
希里のさっきの妙な雰囲気に少々引っかかりながらも、私たちはデクくんの試合を見るべく程なくして一緒に観客席へと戻った。