第3章 夢
心のどこかで夢だと信じられない自分がいる。
あの日、彼に握られたあの温もりが、この掌に今も感じられる。
あの青く澄んだ青空も、彼の香りも、私の身体に染みついているんだのも。
どうして今頃、こんな夢を見たのだろう。
ずっと思い出そうとはしてこなかった、あの頃の記憶。
「ねぇ、起きた?」
突然ノックと共に聞こえた声にはっとする。
夢の中のあの頃よりも、いくらか大人になったその声。
なのに「ねぇ」の愛らしいトーンは、毎日話しかけてくれていた当時と変わらない。
「さおりちゃん、起きてる?」
「あ、うん」
「あのね、ちょっと見てもらいたいものが...
入ってもいい?」
「え、あっ、ごめん待って。
すぐ行くから。」
「分かった」
小さくなる足音が完全に聞こえなくなるまで、
ずっと、息を殺していた。
いつからこんなにも会話がぎこちなくなってしまったのかと、胸が苦しくなる。
普通に話せばいいのに...
彼は一度でもあの頃を思い出したことはあるのかな。
ってそんなこと考えたってどうしようもないか。
私はまだ...
不意に心から出そうになる思いを抑え込み、勢いよくベッドから起きた。