第56章 ※ 思い出した体温
バスの中に忘れ物があって、それを届けに降谷君のところへ。
ノックをして扉を開けると、小野くんが話していた。
「お前がひとりで背負わなきゃいけないほど、俺ら3年は頼りねぇか?
お前ひとりで野球やらせるつもりねぇから。」
おや…すごくまずいタイミングだったのでは…。
「って、矢代!!いたのか…見えなかった…」
「どうせちびっ子ですよーー。
降谷くんこれ、忘れてたよ。」
慌てた小野くんに背中を押されながら部屋を出る。
自販機でシューズを買ってくれた。
「んん?なにこれ?」
「さしずめ口止め料?」
「あはっ、なになに?さっきの話?3年生みーんな思ってることだよね。言いにくいこと言ってくれた。誰にも言わないよ。
同室で降谷くんとの時間が長いキャッチャーの小野くんにしか言えないことだと思うし、かっこよかったよ。」
「じゃぁ、それはただのおごりって事で。
矢代はピッチャーだったんだし、あいつが助け求めてきたら助けてやって。」
「そりゃもちろん。
でもさ、さっきのあの表情はどういう気持ちだっだろう。ショックだったのかな?図星?
やってるつもりはなかった、そう見えててすみませんて言ってたけど。
降谷くんは特に表情が読み取りづらいから…オーラは出てるけど。かける言葉も慎重になっちゃう。ピッチャーの中でも繊細な人だから。」
「やっぱり、お前はすげぇよ。御幸も惚れるわけだ。」
「えー?なに急に…降谷くんの話じゃなかったっけ?」
バスの片付けの途中だった事を思い出して、御幸くんの名前が出て赤くなった顔を隠すように、というかその場から逃げた。
バスの片付けを終わらせたら次はヘルメットの拭きあげとベンチの掃除。
キャッチャー道具もピカピカに磨きあげた。
「またやってる。遅くなるって御幸に怒られんじゃねぇの?」
「ノリくん…。試合後はこれやらなきゃなんか落ち着かなくて。
選手の事を守ってくれてありがとうって思いながら拭くんだよ。
そしたらね、危険球のデッドボール貰うの減ったんだ。」
減ったってのは気のせいかもしれないけど、道具はやっぱり大切にしなきゃなね。
走ってきたのか、汗をかいてる。
「座っていいか?」
「どうぞどうぞ。」