第48章 御幸の気持ち ⑦
全く手も足も出なかった。
ヒット1本に抑えられて、自分たちの野球ができなかった。
悔しいが、これが今の俺達の実力。
やらなきゃいけないことが明確になり、夏までのカウントダウンが始まった。
帰りの新幹線で当たり前のようにスコアブックを広げていると肩に心地の良い重みがある。
「寝ちゃったのかよ…」
乗り物に乗ったらすぐに眠くなっちゃうと言っていたけど、こんなすぐにとは思わなかった。
「あーあー、舞ったら、気持ちよさそうに寝ちゃってさ。」
「悪い、夏川。俺の制服取ってくんねぇ?」
脱いでいた制服を取ってもらって舞ちゃんにかけた。
「御幸くんも大変だね。
アルプスで舞ったら他校の応援団の人とか観客とかに声かけられまくっちゃって、モテる彼女を持つと身が持たないでしょ?
中にはモデルやらないかって名刺押し付けられたりして。舞は興味ないって断ってたけどね。」
「なにそれ、初耳なんだけど…」
「あれ?そうだった?まぁ、心配しなさんな。舞は御幸くんしか見えてないから。」
俺の知らない所で、そんな事になってたのか…。
制服の下でみんなにわからないように舞ちゃんの手を握った。
学校について、ミーティングが終わり解散した後、舞ちゃんを呼び止めた。
「寮帰るとき声かけて。」
「あ、ひとりで帰れるよ?」
「ダメ。一緒にいたいから、絶対ひとりで帰るなよ。」
彼女はたぶんこれから、メットとかキャッチャー道具とか丁寧に吹き上げるだろう。
荷物の整理をしている間に、帰られたらゆっくり話もできない。
一通り片付けをして倉庫に向かうと、グラウンドのベンチを拭いていた。
「しばらく使ってなかったから、土埃がすごかったの。
また明日から練習再開するし。きれいにしとかないとね。」
「ほーんと、よく気が利く。」
よし、終わりと雑巾を洗いに行く舞ちゃんにくっついて行った。
「舞ちゃんてさ、大学進学希望?」
水道で雑巾を洗う彼女に投げかけた。
「まだ考えられないな…。遅いのはわかってるけど、夏が終わるまでは野球の事に集中しときたい。御幸くんは?」
「俺も一緒。みんなと野球することしか考えられないな」
きっと進路は別々になる。
知らないことが増えていく不安。