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【イケメン戦国】徒然後日譚―短編集—

第1章 序


馬で数日かけて安土から引きあげ、道すがらに少し休憩を入れつつも謙信はひどく心穏やかに過ごせていた。
天候も崩れずに済み、風も初夏のからりとした緑風が山路を吹きぬける。
以前なら戦の終わりには昂ぶりが鎮まらず、物足りなさに気怠く酒を煽るしかなかったが、今は違った。
無事に帰れる事を良かったと思える。
こんな気持ちは初めてだった。

戦場で出会う敵が強い程に身体が心地良く暴れ、腹から湧き上がる熱い闘争心に身を任せ、もしも斬られることがあればそれは愉しみ尽くした故の本願だと思っていた。
しかし、どんな相手もどんな戦も謙信を満たしたことは無かった。
いくら昂ぶり、勢いに任せ駆け抜けてもいずれ終わる。
後に残るのは虚しいまでの死体の山と硝煙や鉄、血のにおいだけだ。
勝っても達成感は無い。

守護大名として領地を守るという責任を果たしたという結果は残るが、心が満ちることはなかった。
先代から引き継いだ役目をこなすだけである。
それが今では傍にいたい女の為に無事に帰らなければと思い、戦が終われば早く会いたいと思える。

が楽し気に景色を楽しみ、疲れたと言いながらも嬉しそうに寄り添ってくれるのが嬉しく、道中も満ち足りていた。

信玄には「戦の後に荒れないお前を見ることになるとは思わなんだ」と揶揄されたが、自分でも不思議なくらいに心持ちが変わっていた。

「休まなくて大丈夫か?」と何度も尋ねるが、は「はい」と笑いかける。
に笑いかけられると謙信も自然と表情が緩む。
「潮のかおりがいますね」
心地よい風が吹きぬけた時にが言うと、「越後は海に面しているからな。近くなれば海のかおりもする」と説明した。

の頭の中には大雑把な日本地図しかないが、それでも分かる地名は「京」や「薩摩」くらいで、「会津」や「尾張」と言われてもすぐには分からない。
佐助に渡された「日本地図乱世バージョン」を眺めて随分学べた。

領地内に入れば一行はもてなされ、皆、労いと感謝の言葉で迎えられる。
「、しばらく人が群がるが、お前は傍にいろ。落馬しては困る」
と、謙信が自分のすぐ隣にの馬を付けさせた。

しかし人々は女嫌いの謙信が傍に連れている女性に目を留め、何事かとさらに騒がしくなる。
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