第23章 キセキ
「わたしも産まれるギリギリまで仕事をしていて睡眠時間を削ってたから、産まれたあと、すごく後悔したわー。
なんであのときもっと寝とかなかったんだろうって。
ほら、産まれたら授乳や夜泣きでしばらくまとまって寝られないでしょう?」
「え?アンナさんってお子さんがいらっしゃったんですか?」
会ったこともないし、初耳だった。
「そうなの。
男の子で、生きてたらもう17歳。
でも、5歳の時に夫と一緒に乗っていた馬車が崖から転落して、2人とも亡くなってしまった。
それだけって訳ではないんだけど、そのことをきっかけに、風見鶏の家を始めたのよ。」
「そう、だったんですね……」
知らなかった……。
不意に触れた彼女の悲しい過去に胸が痛む。
「そんな顔しないで。
辛い過去は消えないけど、今のわたしは幸せよ。
わたしの周りには守るべき可愛い子供たちがいる。
悲しんでいても過去は変わらないし、未来も開けない。
わたしは、わたしに今できる精一杯のことをやるだけよ。」
「アンナさん……」
アンナさんが目尻に皺を寄せて優しくわたしに微笑みかける。
「あなたに今できることは、そうね。
しっかり眠って、しっかり食べて、元気な赤ちゃんを産むことね。
この子は、サクと旦那さんの未来よ。
あなたがしっかり守らなくちゃ」
温かいアンナさんの手が、丸いお腹をそっと撫でる。
「この子は、未来……」
三代目がよく、アカデミーの子供たちを見て里の未来だと言っていたことを思い出す。
この子も、里の未来なんだ……
そのとき、赤ちゃんがポンっとお腹を力強く蹴った。
「ふふ。
きっとお母さん、らしくないぞ!元気を出してって言っているのね。」
「らしくない、かぁ……」
ゆっくりとお腹をさすると、またぽこっと軽く蹴られる。
それが、気持ちを鼓舞されているみたいで思わず笑みが漏れる。
「ただ待っているだけしかできないのは辛いかもしれないけど、わたしもみんなもいる。
だから、辛い時は一人で考え込まないで、いつでも言ってね」
温かい言葉に、鼻の奥がツンとする。
「……ありがとう、ございます」
お礼の言葉は少し震えてしまったが、アンナさんは知らんふりをしてくれた。
「さ、じゃあわたしは帰るわね。
サクも体が冷える前にちゃんと帰るのよ」
「はい」