第41章 じいちゃん
「各々、顔をあげよ」
二人はすっと顔をあげる。
光希が泣いているので、善逸はぎょっとする。先程大きく音が乱れたので、おやと思ったが、こんなに泣いているとは思わなかった。
――自分の為じゃないところで泣いてるみたいだな
善逸は、ぼんやりとそう思った。
そして、手拭いを持ってくるのを忘れたと気付く。
仕方なく、袖で涙を拭いてやる。
「じ、自分で拭けます」
「泣くの早くね?」
「……慈悟郎様に…やられました」
「ようやくお主から一本取れたわい」
「お見事です」
赤い目をした光希が笑いかける。
「善逸、三三九度は知っておるな」
「たぶん。やったことねえけど」
「当たり前じゃ!初婚じゃろ!」
「あ、そうか」
慈悟郎が台と酒、重ねられた三つの盃を二人の間に置く。盃はそれ用のものではないので、柄もまちまちだ。
「では、これより夫婦杯(めおとさかずき)を交わす。夫婦になるための儀式じゃよ」
善逸が持った一つ目の盃に慈悟郎が酒を注ぐ。
「互いの出逢いに感謝せよ。……善逸、一気に飲むなよ」
「わかってるよ」
善逸はぎこちなく、片手で三度盃を傾ける。
光希は両手で盃を受け取り、彼女も三度傾ける。
善逸は再び盃を受け取り、三度目で飲み干す。
お互いが出逢って、ここに至るまでの事を思い出す。苦しいことの方が多かったけれど、泣いきながら、笑いながら、ここまで共に生きてこられた。
感謝を胸に、善逸は杯を置く。
一応の流れはわかっていると、慈悟郎はほっとする。
善逸は二つ目の杯に盃手を伸ばす。
光希がそれを制して盃を持つ。
「今とこれから、二人で力を合わせて生きてゆけ。どんな困難も乗り越えろ。頼むぞ、光希」
光希は頷いて、盃に口を付ける。三度傾けて善逸に渡す。
善逸が飲む。結構飲んでしまい、あ、という顔をする。
光希は苦笑いで返杯を受け取り、殆ど残っていない酒を三度目で飲み干す。
きっとこの先、多少の失敗はこうして庇い合いながら生きていくのだろう。
でもそれが自分たちなのだ。
そう思って、光希は盃を置く。