第1章 忘れてた
―――善逸は夢を見ていた
幼い頃の夢を
善逸は子どもの頃、親に捨てられた。なぜ捨てられたのか善逸にもわからない。
その善逸を拾ったのは、宿屋の若旦那だった。
若旦那は善逸を連れて歩きながら、「うちにもお前と同じくれぇのがいるんだ。そいつに仕事教えてもらえ」と声をかける。
街にあるその宿屋は、それなりに繁盛していて多忙を極め、人手が足りなかったのだろう。善逸はそこで下働きとして住むことになった。
裏門から敷地内に入ると「おい、光希」と若旦那が声をかけた。すると離れ屋から「はい」と一人の少年が顔を出した。目鼻立ちの整ったその顔に、善逸は一瞬瞳を奪われる。
「新入りだ。教えてやってくれ」
「わかりました」
少年はぺこりと頭を下げる。
「じゃあな」と言い残して表に回る若旦那。残された子どもたち。
少年が口を開く。
「お前、名前は?」
「………」
「名前、ねえのかよ」
「………」
「あ、人に聞くなら先に名乗れってやつか?そういうの気にする感じなの?お前」
「………」
「俺は、如月光希」
「………」
「……まあいいや、入れよ」
光希は善逸に声をかけ、自分も奥へと入ろうとする。
「………なかった」
「あ?」
「……こんなとこ、来たくなかった」
「そうかよ」
「……母ちゃんっ…」
現実を受け止めたくないのか、善逸は屋内に入ってこない。
少年は、やれやれ…と奥へ去っていった。
少しすると、ぽろぽろと涙を溢す善逸に「ほらよ」と声がかけられた。そして声と同時に差し出される、おにぎり。
「腹、減ってんだろ。食えよ」
善逸が、涙と鼻水でびしょびしょの顔で光希を見る。
「泣いてどうにかなるもんなのか?だったら俺も、とっくにどうにかなってる」
「………」
「泣いてもどうにもならねぇけど、生きてりゃどうにかなるかもしれない。そうだろ?」
「……そうかなぁ」
「そうだ。たぶん。いや、知らねぇけど。……とりあえず、これ食えよ」
善逸はぼろぼろの顔でおにぎりを受け取り、口に入れた。
「きったねぇなぁ」
光希がそう言って笑うから、善逸も少しだけ笑った。
―――…懐かしいな。なんで俺、こんな夢見てんだろ
夢の中で幼い日の善逸と光希が出会う。
始まりの音が鳴った。