第1章 彼とうまいもの
戻ってきたら左馬刻くんがいなかった。
「あれ、左馬刻くんは?」
「帰った」
「え、何で?急用?」
理鶯が黙った、もしやこれは。
「もしかして左馬刻くんに何か言ったの?」
理鶯が一度私を見てはすぐ目を反らした。
左馬刻くんに電話を掛けるも繋がらない。
「今日何しに来たかわかってる?」
「わかっているから来た」
「じゃあ何で左馬刻くん帰っちゃうの」
「わかっていないのは姉貴だ」
理鶯が真っ直ぐ私を見た。
こんな理鶯なかなか見ないから私の方が目を反らしてしまった。
「さ、左馬刻くんに電話してくる」
何かこの空気はダメな気がして店を出た。
左馬刻くんに電話をしてみるもやはり出ない、しつこくコールしてみる。
『しつけーよ』
「でた!今どこ?」
『帰るわ、勘定よろしく』
「今どこ!?」
『……駅』
「そこにいて!」
電話を切って駅へ走る、何故かとても早く顔が見たかった。
駅に着いて白い頭を探せば、壁にもたれ掛かっている。
「左馬刻くん!」
息を切らして近寄れば少し驚いた表情をした。
「走って来たのかよ」
「だって待たずに帰りそうだったから」
「お前がここにいろって言ったんだろ」
「理鶯が何か言ったんだよね?ごめんね」
「……別に、大したことじゃねぇよ」
「左馬刻くんってそうやって話はぐらかすよね」
「はぐらかしてねぇし」
「でも気を使ってくれる優しいところ……好きだよ」
今私何て言った?
「えっと、こっ言葉の綾っていうか、えっと…わっ!」
状況を把握するのに数秒掛かった。
左馬刻くんの胸の中にいる、抱き締められてる。
「」
「はい……」
「急に何告ってんだよ」
「だから…その、ってここ駅だよ、見られるっ!」
「見せつけときゃいいじゃん」
身に余る行為な気がした。
押し退けようかと思ったけど、悪い気分ではなかったから。
「体冷てぇな、上着着てこなかったのか」
「あ……勢いで出てきちゃったから」
左馬刻くんから解放されたと思ったらスカジャンをふわりと掛けたくれた。
「着とけ、風邪引くぞ」
そういうとこなんだぞ左馬刻くん。
「二人で呑み直すか?」
「ふふ、良いよ。理鶯に連絡いれる」
その頃理鶯は既に酔いつぶれの連絡に気付くことはなかったのであった。
終