第1章 はじまり
「ペアプログラムですか?僕と勇利の?」
「そう。昨シーズンは、君も勝生くんも振付師と選手として大活躍だったからね」
スケーター達が本格的なオフに入る少し前の事。
純は、振付師の宮永から夏に大阪で開催されるアイスショーについて、とある打診を受けていた。
「かつての同期のライバルが、今はトップスケーターと振付師。そんな2人が一緒に織りなすプロっていうのも、面白そうじゃないか?」
「あの、僕は…」
「それと。今の上林くんの悩みを払拭させるいい機会でもあると思うけど」
続けられた宮永の意味深な発言に、純は無意識に下を向く。
かつて、引退したら今度こそスケートとはキッパリ縁を切ると考えていた純だったが、現役最後の試合だった全日本選手権で勇利と再会したのを機に、スケートに対する自分の本当に気持ち等を再確認した結果、振付師として新たなスケート人生を歩む事を決めた。
振付師1年目として手掛けた勇利のEXプロは、勇利本人は勿論ファンからも好評を貰え、特に昨シーズンは勇利とヴィクトルの直接師弟対決というスケート界注目の事態に、自分も振付師として関わらせて貰えた事を嬉しく思う一方で、新たな問題も発生していた。
『最近上林の奴、勝生に取り入っていい気になってね?』
『自分が怪我した時は、さっさと逃げて勇利くんを1人きりにした癖に、調子良すぎでしょ』
『勝生の威を借りて、随分偉そうにしてるよな』
過去に右膝の靭帯を全断裂した際、純は最後と決めていたシーズンを自分自身の手で台無しにした事に耐え切れず、一時舞鶴にある親戚宅に引き篭もり続けていた。
その際、かつてのコーチやリンクメイト達からの心配や励ましの声にも一切耳を貸せずにいたのだ。
そんな当時の頑なだった自分に反感を抱く人間がいる事を、純自身も判っているつもりではいたが、酷い時には純本人のSNSだけでなく商売をしている実家の店にまで中傷が来る程になっていた。
勿論、中には冷静な意見や一連の中傷行為を諌める人間もいたのだが、彼らをそうさせる原因を作ったのが他でもない自分自身である事に、純はひとり苦悩していたのだった。