第19章 夜の夢ー懐古ー
「私は子供がいた」
師範はある日、私に言った。
「お前よりは年が上だがな。」
「…その子供はどうされたのですか?」
「捨てた。鬼殺隊に入るために。」
師範は冷たい物言いをされる。
縁壱さんと話す時も同じ。
「……それは…お辛いことです。」
「よせ。私は何とも思わぬ。」
本当だわ。
師範は子供に情はない。
「師範、子供とは可愛いものですか?」
「所詮は家を継ぐ者にすぎぬ。お前も子が産まれればわかる。」
双子と聞くけれど、師範と縁壱さんは似ていない。
縁壱さんは亡くなった子供を今も思っている。師範は、子供を捨てて何とも思っていない。
けれど。
師範は、冷たい感情の中に、いつも虚しさがあった。そこに惹かれるのかもしれない。虚しさを消してさしあげたい。
それが、私を助けてくださった師範への恩返し…。
「なれど、腹を痛めた我が子はきっと可愛いのだと思います。」
「…私は痛めていない。」
「殿方でいらっしゃいますもの。産まれた我が子を抱きしめるだけで良いのですわ。」
私が言うと、師範そっと自分の手を見下ろした。
「……覚えていないわけではない。」
師範がポツリと言う。
「だが、思い出すほどのものでもない。」
そうおっしゃるので、私は首を横に振った。
「私が子ならば、思い出してほしいですわ。私の父は戦火に燃え、自刃されましたが、どこか遠い極楽で私を思い出してくださるのだと、信じております。」
そう言うと、師範は変わらず冷たい物言いをされた。
「……なぜ、お前はそうも笑っているのだ。」
「それだけで、阿国は満足だからです。」
師範は冷たい。けれど、心の奥では優しいお方。
その優しさに私は触れている。虚無の向こうにある、ほんの少しの、些細な優しさに…。