第42章 夜の夢ー水面ー
「ずいぶんと汚れているな」
私の顔を覗き込む人は、爛々と輝く瞳が特徴的な、恐らく年の近い青年だった。
「そなた、年はいくつだ?」
「…な……、なな…」
「そうか、七つか。俺はもうすぐ十三になる。」
はやく戻ってこないだろうか。
怪我をした足には治療の証の包帯が巻かれている。連れてこられた屋敷の縁側に一人残らされ、そこにこの青年がやって来たと言うことだ。
「お前、せめて顔を洗ったらどうだ?」
「……いえ…」
「待ってろ」
私がなにかを言う前に、駆け出してしまった。…人の意見を聞かないらしい。
彼はすぐに戻ってきて、水の入った桶と手拭いを持っていた。
それを見た私は彼と反対の方向を向いた。
「どうした?」
「……」
そちら側から、先ほどの双子が屋敷の角を曲がって現れた。
「巌勝殿、縁壱殿」
「水柱か。何をしている?」
ミズバシラ、と呼ばれた彼は水の入った桶を見せた。
「随分と汚れているようなので、せめて顔だけでも洗わせようと思いまして。」
「あぁ、それは良い。」
「それより、今お館様から召集がかかった。」
「えっ、今にございますか?」
青年はちらりと私を振り返った。
「阿国、お前はここで待っていろ。良いな。」
ここまで抱いて運んでくださったお方が私に言う。ただ私は頷いた。
三人が去ったあと、私は手拭いを水で濡らした。
ぎゅっと手拭いを固く絞ると、ぽたぽたと水が垂れた。
それで顔を拭いているうちに、水面の波紋が消えていった。
あらかた拭き終わると、手拭いはすすで真っ黒になっていた。少しは綺麗になっただろうか。
私は桶を覗き込んだ。
何の揺らぎもない水面に、私の顔が見えた。