第15章 ヤンデレ企画その②(ヘタリア・菊)
沈んでいく
深い深い海の底に
光の届かない、闇だけの優しい世界
行きましょう、その穴の中へ
一緒に落ちて行きましょう
水中へすべてを投げ出せば
柔らかな泡があなたを包むでしょう
「…美しい。まるで、夢を見ているようです」
すみれの髪を結っていた菊は、不意に寄りかかるように彼女の肩を抱きしめた。
歌うようにささやいたその声は、震えていた。
鏡に映る菊を見つめながら、すみれは彼の髪を撫でる。
菊は、抱きしめる力を一層強めると大きく息を吐いた。
「夢とはむなしきものです。
あなたはご存じでしょうか、美しき夢の末路を。
目を覚ませば消えてしまう、残酷な至福」
「では、捕まえていてください。あなたの夢の中に。目を閉じれば、いつでも会うことができるように」
すみれが鏡の中の菊に微笑みかければ、彼は強張った笑顔を浮かべる。
「あなたは分かって言っているでしょう。私がそれで満足できると思うのですか?どうか買被らないでください。
どうすればあなたが手に入るのか、どうしたらつないでおけるのか、私はそればかりで」
鏡ばかり見るすみれの顔を、菊は少し強引に自分のほうへと向けた。
そして、指先でそっと彼女の唇に触れる。
二人のまつ毛とまつ毛が触れ合うくらい近づいた瞬間、家の前に馬車が停まる音が聞こえた。
「もう、行かなくては…」
すみれは素早く菊の手から離れ、身繕いをして立ち上がった。
「ああ。…あなたはどうしていつもそうなのでしょう…」
菊も乱れた襟を直して、窓のほうを見る。
外はもう朝日が顔を出し、街には朝の空気が漂い始めた。
そそくさと馬車に乗り込む彼女の背中を見送りながら、菊はすみれの忘れて行った赤いかんざしを指先でくるくると遊んだ。