第6章 願わくば
すみれには、驚かされてばっかりだ。
「ディックに、幸せになってほしいよ」
とても切なそうに目元を潤ませていて、すみれから目が離せなかった。
とても綺麗だな、って思ったんだ。
すみれの頬に自然と手が伸び、優しく手を添える。
ーーーーーー俺は、ブックマン後継者だ。
ブックマンに感情は要らない。
だから、俺の目に映る人間は記録に残すべきか、そうじゃないか。
それだけを大事に、忠実に記録してきた。
記録してきたものは、欲にまみれたモノ、戦、戦、戦ーーーーー
だから、俗物にまみれたこんな世界に生まれ落ちた赤子が、気の毒に思ったんだ。
だけど、
『赤ちゃん自身が幸せになるために。また、幸せを願われて生まれてきたんだよ。』
すみれの、人間として当たり前の言葉にハッとした。
そうか、そうだよな。
俺のブックマンの視点が特殊なだけで、普通の視点なら、きっとすみれの言う通りさ。
何も、可笑しいことはねえさ。
一人で噛み締めて考えていたら、
『ディックは私にとって、大切な人だよ。』
思考を停止させるには、十分な言葉だった。
『そんなディックのいる“世界”を、“こんな世界”って、言われてちょっと寂しくて
ディックが、自分自身を否定したようで、悲しくなったの。』
どうして、赤の他人の為に。ここまで思えるのだろう。
俗物にまみれた貴族界にいるのに、すみれはこんなにもキレイなんだろう。
すみれの頬に添えている俺の手に、すみれの手が重なる。
「どうしたの?何か神妙な顔しちゃって」
「…いんや。そんなこと言ってもらえると思わなくて。…嬉しくて、驚いただけさ。」
「当たり前じゃない」
(どうして、こんな彼女を取り巻くように
不穏な出来事が起ころうとするのだろう)
気付けば俺は、俺の手に重なったすみれの手を取り、自身の胸の前で握る。
まるで、祈りを捧げるように。
(どうして、彼女みたいな人間が守られないのだろう。)
「ありがとな。…俺も、すみれに幸せになってほしいさ」
すみれははにかむ様に微笑んだ。
…ブックマンは、何の為に在るのだろう。
願わくば
…すみれのような、人間を、守るために在りたい。