第9章 終の始まりの鐘が鳴る
昨日は、ディックの誕生日だった。
ケーキもプレゼントも、喜んでもらえてよかった。
(それに、昨日は…)
ディックに、抱き締められた事を思い出す
(……ッ!)
思い出す度、すみれは一人で頬を染める
(ディックに、会えなくて良かった…)
ディックは今日、(というか本当はいつも)仕事が多忙のため、屋敷には来られないと言われた
きっと恥ずかしくなって、いつも通り振舞えなかった
ディックと別に、どうのこうのなりたい訳じゃない。ふぅーっと、廊下で一人盛大に溜息をつく
(…いや、本当は)
許されるのであれば、恋人になりたい。
もっとディックに触れたいし、触れてほしい。
けどディックはきっと、それを望んでいない
だから、あの抱擁は
私がハンカチに向日葵を刺繍した意味の、精一杯の返事だったんだと思う
(明日からは、いつも通りに…)
「……頑張ら、なきゃ」
と一人寂しく呟いた声は、誰にも拾われることはなかった
それに、今日は
私も、調べなければいけない事がある
私は、家のことを知らなさすぎる。
お茶会で自分の噂を知るなんて、恥ずかしすぎる。
だから、色々調べてみることにした
今日も、叔父様と叔母様は朝から外出している。
すみれは廊下でキョロキョロと、誰にも見られていない事を確認する。ヒールで足音を立てないよう、そろりそろりと歩くも僅かな音が響く。
コツ、コツ、コツ………ぴた
そして、叔父様の書斎の前で足を止めた。
つ…ッと、冷や汗が背中を伝う。
「この部屋には、近づいてはいけないよ」と、昔から言われている。
ドアノブに手を掛けようとするも、震えて触ることさえ出来ない。
(私は今まで、言いつけを破った事があっただろうか…)
一度だって、ない。
叔父様と叔母様に養われてる手前、そんなことは絶対に言えなかったし、出来なかった。
だけど、噂の真実を確かめたい。
知らないままは、絶対に後悔する。
二人が不在な今、絶好のチャンスである。
この機会を逃すわけにはいかない。
「…っ」
すみれはドアノブに手を掛ける。
鍵が掛かっているか、確認もしなければ。
ぐっと力を入れる。
ガチャッ
ドアはすみれの意に反し、簡単に回った。
書斎の窓から差し込む朝日が眩しくて、目が眩んだ。